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Feature

学生が輝く特色ある美術大学へ
金沢美術工芸大学 学長 山村 慎哉 氏

​金沢美術工芸大学は昨年新キャンパスに移転し、この春から金沢美術工芸大学の卒業生でもあり、同窓生でもある山村慎哉氏が学長にご就任されました。今の大学の状況から、大学の将来像、同窓会との今後について、ロングインタビューにお答えいただきました。

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金沢美術工芸大学 学長 山村 慎哉(やまむら しんや)

漆芸家。1960年東京都調布市生まれ。1986年金沢美術工芸大学大学院修了後、個展や国内外の企画展などで活動し1992年より金沢美術工芸大学の教員として赴任。精緻で凝縮された漆芸の加飾技法を中心とした制作研究を展開。個展:高島屋、三春堂ギャラリー、ギャラリー点、一穂堂、SILVER SHELL、エキシビションスペース他。企画展:「RIVALUE NIPPON PROJECT展」(パナソニック汐留ミュージアム)、「NY工芸未来派」(MAD)、「清州ビエンナーレ講演会」(韓国)、「国際漆シンポジウム・展覧会」(バッファロー大学)、「工芸未来派」(金沢21世紀美術館)他。作品収蔵先:ビィクトリア・アルバート美術館、スコットランド王立美術館、ロサンゼルスカウンティーミュジアム、シアトル美術館、サンフランシスコ・アジア美術館、アシュモラン美術館、スミソニアン博術館アジアギャラリー、ウォルターズ美術館、金沢21世紀美術館、広島市立大学芸術資料、卯辰山工芸工房、安江金箔工芸館他。

<インタビューワー>

高畠 恵(たかばたけ めぐみ)
金沢美術工芸大学 商業デザイン科卒 グラフィックデザイナー。金沢情報ITクリエーター専門学校、かなざわ食マネージメント専門職大学非常勤講師。

 

〈撮影/ライティング〉
稲垣 揚平(いながき ようへい) H7 工業デザイン 卒

 

高畠

本日はご多用のところ、お時間を取って頂きありがとうございます。この春から新学長にご就任されたということで、改めてご就任おめでとうございます。

山村学長

ありがとうございます。

高畠

既にご就任されてから半年以上経過していますけれども、ご多忙なのではないでしょうか。

山村学長

正直なところ、仕事の内容は大きく変わりました。これまでの経験が活かされる部分もありますが、ほとんどが新しい挑戦です。学長としての現在の役割は、教えることや研究に取り組むことではなく、大学を円滑に運営することだと強く感じています。その責任を果たすために日々努力していますが、教えることや制作に携わらない毎日には、少し物足りなさを感じることもあります(笑)。その戸惑いをどう克服するかはこれからの課題ですが、この夏休み期間中は少し自分の時間をいただき制作をさせていただきました。

学生と同じように、授業がある日は朝9時頃に大学に来て、夕方5時過ぎまで大学にいます。また、必要があれば土日や夜間も学長としての仕事に取り組んでいます。日々の業務は、多くの方々との意見交換や、山のような書類にハンコを押すこと(笑)、会議やその打ち合わせなど、ほとんどが大学の運営に関わる内容です。

高畠

作家としても第一線でご活躍されていますので、逆にこれまでのように制作できないストレスはありませんか?

山村学長

もともと大学ではあまり制作活動をしていなかったのですが、これまでの教員生活では、制作の時間は主に早朝でした。朝5時頃に起きて、出かけるまでの8時頃まで制作をし、その後大学に通っていました。授業や会議のない午後には、研究室や自宅の工房で制作をしていましたが、現在はその時間も十分に取れなくなっています。ですので、今は朝や土日、あるいは大学の休み期間を利用して、少しずつ制作を進めています。

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共通工房でひろがる創造力

高畠

制作はご多用の中でも、時間を作って続けていらっしゃるということですね。大学も新校舎移転とともに一変されたと思います。移転して早1年ですが、教員や学生の皆さんも、教育や生活が大きく変わられたのではないでしょうか。

山村学長

先生方も学生も、これまでとは異なる環境に身を置くこととなり、教育内容も今回の移転に伴い変わりつつあります。今回で3度目のキャンパス移転となりますが、これまでとの大きな違いは、もちろん施設が新しく大きくなった点もありますが、一番の特徴は、見ていただければわかるように、とてもオープンな設計がなされていることです。またキャンパスの周りに塀はありませんし、訪れる方はどこからでも入れます。敷地に入ってくるとガラス張りの部屋が多く中が見える状態となっているので、この環境の変化はとても大きいですかね。
最初は、学生たちもガラス張りの教室で制作することに慣れない様子がありました。しかし、今では、どうしても外から見られたくない制作や、集中して作業を行いたい場面ではブラインドを使うなど工夫しており、新しいキャンパスの環境にも少しずつ慣れてきたのではないかと思います。新キャンパスの最大の特徴は「共通工房」です。専攻ごとの部屋が、この共通工房を囲むように配置されており、どの専攻からもアクセスしやすい設計になっています。この共通工房は、これまでの大学にはなかった新しい環境であり、その使い勝手の良さもあって、学生たちにも徐々に浸透してきていると感じています。

高畠

どの専攻の学生さんも自分の専攻と関係ない共通工房でも制作が出来る環境になっているということですね。

山村学長

新キャンパスでは、専攻に関係なく利用できる共通工房が設けられており、それぞれの専攻に対応した共通工房もあります。まず、専攻ごとに専用の部屋があり、その上で、専攻の枠を超えて制作ができる共通工房があるという仕組みです。これまでの工房は各専攻専用の場所だったため、自分の専攻以外のことに挑戦する際は、他専攻の工房を使うのがとても難しかったのですが、今では全ての共通工房が開かれた場所となり、他専攻の技術や材料を活用して制作を試みることができるなど、幅広い体験が可能になっています。

高畠

私みたいなデザイン科の学生が、漆芸をやってみたいと思った時に、簡単に制作できる環境が整っているということですね。

山村学長

例えば、デザイン科の学生が午前中の専攻実習で絵を描きたい、あるいは漆芸に取り組みたいといった場合でも、共通工房を利用して制作することができます。また、インダストリアルデザインの学生が、自身のデザインをもとに陶芸作品を制作したいと考えた時も、午前中の専攻実習の時間を利用して共通工房でその制作を行うことが可能です。このように、専攻の枠を超えて多様な制作ができる環境が整えられています。さらに、午後に講義や選択授業がない場合、その時間を利用して学生が直接申し込むことで、午前中に足りなかった陶芸制作をさらに進めることも可能です。また、課題とは全く関係なく「金属でジュエリーを作ってみたい」と思った場合も、学生が自ら予約することで共通工房で制作することができるようになっています。このように、学生は自分の興味やニーズに応じて自由に制作できる環境が整っています。

高畠

なるほど自分の専攻を超えた制作もできるので視野も広くなりますね。そうすると今自分はこの専攻だけど共通工房での体験を通じて別の専攻の素材や技術に惹かれてしまったりする学生も今後は出てくるかもしれませんね。

山村学長

それも考えられますね。興味を持った学生がどんどん自主的に学習できるスタイルが生まれてきていると思います。

高畠

他の専攻との交流も増えているのでしょうか?

山村学長

そうですね、たくさんの学生がさまざまな体験をしようとしています。先の事例に加えて、漆の専攻の学生が3Dプリンターを使って新しい造形を作りたい場合も、共通工房で3D出力を利用して制作することができます。
現在、共通工房の稼働率について調査を始めています。工房によって使用頻度に差はあるものの、すでに多くの学生が積極的に利用している様子が見えてきています。このような動きは、学生たちの創造性をさらに引き出すことにつながるでしょう。

技術専門員による学生サポート強化

高畠

私がいた頃は本当に学科ごとで分かれていて、今のお話しのように課題で横のつながりはほとんど無く、横の繋がりは部活動ぐらいしかなかった時代でしたので、今後のクリエイティブには良い影響が生まれそうですね。

山村学長

共通工房はただの場所だけではなく、学生がどのように活用するかが重要です。しかし、学生が何をどう始めればよいのか分からない場合もあると思います。では、常に先生に見てもらえばいいかというと、実際には先生方も午前中は自分の授業に追われ、午後は研究活動に専念する必要があります。そのため、授業外で学生の面倒を常に見ていることは難しいのです。このような状況を考慮しながら、学生が自主的に学び、制作できる環境を整えていくことが求められています。そうなると、学生が何かを作りたいと考えたときに、その相談に乗り、共通工房の使い方を教えてくれる専門の人たちが必要不可欠です。そこで私たちは新しい取り組みとして、共通工房に14名の技術専門員を新たに配属しました。技術専門員の方々は教員とは異なりますが、専門職として学生の制作をサポートしていただくために配置したのが、今回の共通工房の最大の特徴だと思います。この体制により、学生はより安心して制作活動に取り組むことができるでしょう。

高畠

なるほど。14名は相当数ですね。

山村学長

この共通工房の考え方は、他の美術大学でも導入が進んでいます。例えば、東京藝術大学の取手校舎や新しい京都市立芸大にも同様の場所がありますが、重要なのは誰が学生の対応をするのかという人材確保の面が非常に難しいということです。本学では、午前中だけでなく一日を通して学生がのびのびと制作できるよう、専任のスタッフを配属できたことは、とても自慢できる点だと思っています。この体制が、学生にとって大きな支えとなるでしょう。

高畠

そうなんですね。私の知人も専門員をされています。

山村学長

はい。技術専門員になられる方は本学の卒業生であったり、高いスキルをお持ちの方あるいは、ポストドクターのような形で残っていらっしゃる方もいます。

高畠

なるほど、学生さんにとってもいつでも聞ける、やりたいけどわからないという時間が無くなりとてもいいですね。

山村学長

この専門員の新規確保は非常に難しい状況でしたが、前学長の山崎先生や事務局が市側と交渉を重ねた結果、14名の専門員を確保できたのは本当に素晴らしいことだと思います。みなさんの努力があってこそ、学生にとってより良い制作環境が整ったのだと実感しています。

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高畠

では次の質問ですが、ホームページの学長のご挨拶に、『家にこもらず大学や街に出向き、友達や先輩、先生方など実在の人やモノと出会って心や体を動かすことをぜひ試してください(一部要約)』というお言葉があります。そこで実際の学生生活というのは、この新校舎に移転したことで、そのように変化したと感じとれていますか?

山村学長

そうですね。新キャンパスができたことによってそのように変化したということではありません。一般的な大学では授業のスケジュールによっては授業がない日や、通学せずにオンラインで授業を受けられることもありますが、美大では午前中に必修授業が毎日組まれており、通学が不可欠だからです(笑)。また、学生一人一人がいつでも制作できる環境や場所が確保されています。
確かに今の時は、VR(Virtual Reality)やICT(Information and Communication Technology)をはじめDXなどのデジタル技術が進んでいて、大学に行かなくても課題を提出できる環境が整っています。また、社会全体が在宅勤務にシフトしている状況もあり、「大学に通う必要はないんじゃないか」といった意見も増えていると思います。しかし、私が特に伝えたいのは、ただ大学に通うことの重要性だけではなく、街やさまざまな場所に出かけて実際に多くの体験をすることが、学生生活にとって非常に大切だということです。多様な経験が、学生の創造性や視野を広げる大きな要素になると思います。本学には、さまざまな個性を持った学生が入学してきます。毎朝楽しそう?に登校している姿を見て、新しいキャンパスが学生たちにとって行くべき、学ぶべき環境になっていると自負しております。

地域との距離が近くなった新キャンパス

高畠

地域に開かれた大学といわれていますが、この校舎の構造もそうですが地域との関係性に変化はありますでしょうか。

山村学長

はい、最初は移転先が市中心部から少し離れていることに対して、心配する声もありました。前のキャンパスは周りに住宅が少なく、金沢大学と隣接した環境でしたが、新しいキャンパスは住宅街に囲まれていて、石川県立図書館も目の前にあります。そのため、生活空間の中に移ったことで、地域とのつながりが強くなったと思います。新しいキャンパスが住宅街に近くなったことで、当初は騒音や照明、学生のマナーなど、さまざまな問題が懸念されました。しかし、現時点では大きなトラブルもなく、地域の皆様にも受け入れていただけていると感じています。とはいえ、時折路上喫煙などの苦情が寄せられることもあり、その際には個別に対応し、地域の方々に理解を得られるよう努めています。このように、地域との良好な関係を築いていくことが重要だと考えています。

高畠

今学校は禁煙なんですよね。

山村学長

そうですね。学外でも公共の場では禁煙エリアが増えていますし、法律で定められていることもあり、大学も多くの人が集まる場所ですから、未成年者も含めて健康や衛生、安全を考えて禁煙にしています。

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能登半島地震への大学の取り組み

高畠

自分たちの時とは考えられない時代です。一方で昨年5月のコロナ感染症の5類移行を経て、10月には新キャンパスにも移転し、さあこれからというところで今年1月の能登半島地震、それから9月の能登豪雨で大変なことが今石川県を襲っていますが、大学への影響というのはございますか。

山村学長

今年1月1日に能登半島地震が発生しました。前学長と事務局がすぐに大学の校舎の被害状況を確認しましたが、幸いにも大きな被害はありませんでした。防災扉が閉まったり、図書館の本が落ちたり、制作中の卒業制作がいくつか倒れたりはしましたが、深刻な損傷は避けられました。その後、本学は一時的に避難場所として提供されましたが、実際には避難者は来ませんでした。学生の授業が再開できるか心配されましたが、無事に再開することができました。また、能登地区で被災した学生には、奨学金や緊急援助資金を提供する形で対応しました。本学が行なえた災害への支援についてですが、漆工芸が盛んな地域である輪島市にある石川県立輪島漆芸技術研修所が地震で大きな被害を受け、研修生たちが卒業制作を行う場を失いました。そこで、本学を含む漆の教育機関を持つ美術系大学が協力し、できる限り研修生たちを受け入れました。本学でも研修生5名と研修所の指導者を受け入れて支援させていただきました。また、石川県輪島漆芸美術館で毎年開催されてきた全国の漆芸大学生の卒業修了制作展も、被害の影響で開催ができなくなったため、規模を縮小しつつも本学で展示を行うことができました。

高畠

素晴らしい連携ですね。

山村学長

その他にも本学が協定を結んでいる市町村として、珠洲市と志賀町があります。大学として被災地を視察した後、志賀町からの要請に応じ、美術展のお手伝いをさせていただきました。しかし、珠洲市に関しては、まだ大学として何か支援を行える状況には至っておりませんがこれから協力できることをさせていただきたく考えております。さらに、個々の先生方はそれぞれの研究や政策の活動を通じて、学生とともに震災支援のボランティア活動も行っています。先日も金沢市内の大学コンソーシアムにおいても、震災支援について話し合いが進められ、金沢大学と本学が協力して、能登半島復興イベントを開催しました。このイベントは夏休み期間中の七夕に石川県立図書館をお借りして実施されました。

高畠

そうだったのですね。年に1回発刊されるこの『けやき誌』では、50号から巻頭の特集ページを設け、顕著な活躍をされている同窓生を紹介しています。今号では漆芸家で人間国宝の前史雄さんにお願いしまして、先日インタビューでお邪魔させていただきました。その際にも能登半島地震、能登豪雨について心を痛めておられました。

山村学長

そうですか。前先生にも震災後はお会いできていないのですが、輪島のご自宅が被害に遭われたのは聞いていますし、金沢に来られているということもお聞きし心配していました。

高畠

金沢のお宅にお邪魔させて頂き、いろんなお話を伺ってその内容もまとめて、今号の特集で紹介させて頂きます。能登ご出身で輪島の漆芸産業が大変だとのことでした。

同窓会とのこれからについて

高畠

さて今度は同窓会についてお伺いしたいと思います。


金沢美術工芸大学にとってこの同窓会とは、どのような存在なのか、また今後どのような関係性を築いていきたいとお考えでしょうか。

山村学長

大学と同窓会の関係は、これまでの学長との間で多様な関係性が築かれてきたと思います。多くの学長が、同窓会との良好な関係を築くことを大切にしてきたのではないでしょうか。「良い関係とは何か」を議論することが重要だと思います。大学、同窓会、清美会のそれぞれが独立しつつ、各自の特性を活かして多様な活動に取り組むことが望ましいと考えています。これにより、協力しながらもそれぞれが自立した関係を築くことができるでしょう。お互いに依存し合うような関係ではなく、それぞれが独立して活動することが大切だと思います。その中で、大学と共に同窓会も含めて社会的に評価される関係が築かれることが最も理想的だと考えています。

高畠

そうですね。昨年も旧小立野校舎が無くなるっていうことで、旧校舎の方で同窓会主催のお別れイベントが開催されました。イベントには同窓生だけではなく、地域の方も沢山来ていただきました。小さなお子さんたちがアートに触れ体験して楽しんだり、多くの方に足を運んで頂きましたが、あのイベントは大学の方ではどのような印象を持たれましたか。

山村学長

もちろん、イベントが開催されていたことは知っていますし、YouTubeなどでその様子を見かけることもありました。「こんなことをされていたんだ」と驚くことも多かったです。しかし、大学の方は新校舎に移転したばかりだったため、教職員たちはその対応に追われており、イベントの詳細をしっかりと把握することはできなかったのが事実です。

高畠

エントランスホールの階段では同窓生から当時の写真を皆さんに持ってきていただいき壁に貼ったコラージュが大変注目され、同窓生の母校愛の深さが伝わってきました。これから新校舎になって美大祭がどういった形に変わっていって、同窓生もどのような形で関わっていけるのかというのは同窓会としても思っているところはあります。
先ほどの話と重複するところもあるのですが、大学として同窓会に期待されることはありますか。

山村学長

金沢美術工芸大学同窓会は、五芸大の中でも特に活発に活動しており、かつては銀座で大規模な展覧会を開催したこともあるなど、その存在感は非常に大きかったと思います。また、本学出身の教員だけでなく、他大学から来られた教員にとっても同窓会の存在は大きいと認識していると思います。これまでも多くの寄附をいただき、大学の設備を整えることができました。今後もそのような関係を維持しながら、本学の発展や学生の将来に寄与できる方法について、同窓会と大学が協力していくことが重要だと考えています。

高畠

同窓生としてもコロナ禍もあり同窓生同志の交流の機会も減ってしまい大学と交流する機会も途絶えてしまいましたが、これから何ができるかというのはお互いの立場に立ってお話しする機会がもう少し増えたらいいなと思いますね。

山村学長

その通りですね。

高畠

かつては同窓会石川支部に先生方もいらっしゃり、ざっくばらんな意見交換も出来ていたのですが、現在支部には先生方が入られないということになってしまったのもあり、接点がだいぶ減ってしまったので、改めて色んなお話ができる機会を定期的に設けて頂けたらと思います。

山村学長

確かに、以前は多くの先生が本部支部も含めて同窓会に関わり、その運営にも携わっていました。しかし、学内ではこの関係性を問題視する意見もあったため、現在では直接的な同窓会との係わりが少なくなっています。結果として、同窓会と大学との関係が徐々に希薄になっているとも感じています。かつてのように先生方に再び関わっていただくことは現実は難しい状況ですが、別のかたちで今後何ができるかを模索していく必要があると思います

高畠

そのあたりが課題ではありますかね。例えばデザイン科卒業の立場から言いますと、いろんな企業で活躍している同窓生が大勢いますし、美術科の方でも日本だけでなく世界に周知されるような活動をしていらっしゃる方も大勢いらっしゃいます。そういう同窓生と学生のパイプ役を担ったり、大学求人に来ないような就職先を紹介したりとか、そういうことができるといいなと漠然と思っています。

山村学長

本当にそう思います。
先日、同窓会で集めたいただいた新キャンパス移転の寄附金の使い道について提案をいただきましたが、大学内でその活用法を話し合っているものの、なかなか良い答えが見つかりません。2026年には開学80周年を迎えることもあり、個人的には本学から多様で優れた人材が輩出されていることを社会に向けてもっとアピールしたいと考えています。同窓会は、社会で活躍している卒業生たちのことをよく理解しており、ネットワークも持っていると思います。その情報を基に、同窓生の活躍がわかるようなアーカイブを作成することができれば、寄付金の活用としても非常に意義深いものになるのでは思っています。そういったプロジェクトを実現できたら大学のアピールにもつながりとても素晴らしいと考えています。
同窓会と本学の関係を考えると、私たち大学は現在の学生たちのことをしっかりと考えていかなければなりません。一方で、同窓会は卒業生たちを通じて大学や今の学生たちを支援し、アピールしてくれる存在でもあります。そのため、両者の連携がとても大切だと思います。この相互の関係を深めることで、大学の発展や学生の成長につながると信じています。その結果として、卒業生を支えてくれる同窓会の存在が高く認識され、今の学生たちも同窓会への興味を持つようになるのではないかと感じています。

稲垣

けやき誌の発行部数は約7000部ほど刷りまして、約5500部くらい実際に同窓生に発送しています。同窓会としては卒業された同窓生5000人の方に、今回のようなメッセージをお伝えすることもできますし、著名な方々のご紹介などを同窓生に対しての情報発信できるかと思います。何かそこでもうちょっとこういう人を集めてほしいとか、こういう情報が欲しいということがあればご協力できるかと思います。
今ほどお話に上がった、移転寄付の方もぜひ使途のご検討を頂けたらと思います。

山村学長

もちろん、かつて同窓会からご寄付いただいた、エントランスに飾られているニケの石膏像のような象徴的なものもあります。また、学生やこの大学のキャンパスのために、備品や施設設備の充実も重要な要素かもしれません。
先ほど共通工房についてお話ししましたが、まだ十分に整備されていない工房も存在しています。そのため、そういった工房への資金の活用も考えられるでしょう。また、先日の会議では、かつて「けやき賞」という賞を設けて、学生の活動に対して同窓会から賞金を授与させていただいたことが話題になりました。けやき賞は、ここしばらく実施されていません。そのため、制度を復活させて、過去数年間分の資金をその賞に充てるという意見も出ています。これは、学生の活動を支援する良い方法かもしれません。

各専攻の特色を明確に、グローバルに活躍できる美術大学へ

稲垣

けやき賞はなくなってしまいましたが同窓会との接点としても復活できると良いですね。

一つよろしいでしょうか。昨年11月に金沢文化ホールにて開催されました開学記念講演会を聴講させていただきました。山出 保 前市長が、世界に羽ばたく大学になってほしいとおっしゃっていました。
平成元年と現在で比較すると日本の企業はグローバルで見ると相対的にポジションが下がってしまいました。平成元年の世界時価総額トップ50企業のほとんどは日本の企業でしたが、現在は軒並みランク外でトヨタ自動車だけが唯一トップ50に残っている状況です。じゃあ現在のトップ企業はどこかというと、AppleやMicrosoftなどのGAFAMといわれている外国企業です。
今までどおり国内企業も成長し勿論素晴らしいけど、もっと違うレイヤーの世界を目指せる素質があり選択肢もあるんだよということを卒業生としては学生さんには伝えたいですね。
ことあるごとに学生に英語はできるかと聞きますが皆苦手だと答えます。そこは仕方ないですが、実は美大にもTOEICテストなどの受験補助制度があるとお聞きしましたので、そういう制度をもっと使ってもらいデザイン科だけでなく、美術科、工芸科の方もどんどんグローバルに羽ばたけるような大学に進化してもらえればなと思います。

山村学長

学生がどれだけ世界を見ているかは様々で、興味を持っている学生もいればそうでない学生もいます。美術科や工芸科では、学生たちは作品発表の場として国際的なコンペに参加する意欲が高まっています。現時点で受賞する学生はまだ少ないのですが、卒業後の数年の間に、グローバルな展覧会で賞を獲得する卒業生たちも徐々に増えてきています。この事実からも、学生たちがより身近に世界を感じられる良い機会となっているのではないでしょうか。
一方で、就職を考えると、海外に出ることに対して抵抗を感じる学生が多いのも事実です。このようなマインドを持つ学生には、大きな夢を抱くことを促し、それに向かって進む環境を大学が整える必要があります。例えば、国際的な就職機会を提供したり、留学プログラムを充実させたりすることで、学生が自信を持って海外に挑戦できるよう支援することが大切です。

稲垣

そこがすごく我々卒業生としても楽しみです。ぜひ世界に羽ばたいてほしい。

高畠

全体の風潮として、今若い方が海外に出て行きたくあんまりないという。

山村学長

私の息子も会社で海外に行く機会があるのですが、「別にいい」と言っています。日本で働きたいと、、、(笑)。

高畠

日本ってやっぱり安全で住みやすい国ということが、逆に海外の言葉や安全な生活の壁を乗り越えてでも、冒険しようという気持ちがあまりなくなってきている感じがしますね。安泰を求めるというかどうしちゃったんですかね。

稲垣

グローバルでマクロな視点で物事を考え、そこから地域とか国へと落とし込んでいくっていう作業をしないと、地域目線だけだとミクロで視野の狭い思考におさまってしまうので、世界に目を向けその中で日本がどうなのかとか、本当に大切なものが何なの理解して、活躍してほしいです。金沢美術工芸大学の学生には世界で活躍できる可能性が十分あるので、ぜひ広い視野を持ってもらいたいです。

高畠

美術大学なので、外に冒険心を持って出て行ってほしいですね。

山村学長

大学には「ワールドワイド奨学金」という制度があり、これは学生が海外での学びや体験をレポートとしてまとめることで少額の奨学金を受け取れる仕組みです。具体的には、旅行中の学びや美術館訪問、ワークショップへの参加などが対象になります。しかし、この制度を利用する学生は少なく、大学からの説明があっても、手続きが面倒だと感じているのか、申請せずに終わってしまうケースが多いようです。このため、せっかくの制度が十分に活用されていないのも現状です。
まあ、大した支給額ではないということもあるかもしれません。しかし留学生はそれを積極的に使ったりもするので、もう少し日本人学生も貪欲に興味持ってもらいたいと思います。

高畠

そうしましたら最後に山村学長の思い描く金沢美術工芸大学の将来像と、全国の同窓生に向けたメッセージをお願いしたいと思います。

山村学長

新キャンパスの完成により、ハード面では非常に充実した環境が整いました。他の大学のキャンパスと比べても見劣りせず、むしろ自慢できるような施設が整っています。この新しい環境は、学生たちの学びや創造性を刺激し、将来の可能性を広げることに寄与するでしょう。将来像については、様々な意見があるかもしれませんが、確実に新しいキャンパスはその基盤となることができると考えます。
次はこの建物を活用して、どのような活動ができるかを考えています。特に、国公立の五芸大の一つである金沢美術工芸大学を、誰もが理解できるような明確な特色を持つ大学にしたいと思っています。東京藝術大学や京都市立芸術大学は、それぞれ独自の強みを持ち、さまざまな人材が集まっています。東京藝大はグローバルな芸術教育に加え、広範な専門性を持つ学生が在籍し、京都市立芸術大学は現代美術に力を入れた教育を行っています。このように、各大学は明確なイメージを持っています。
金沢美術工芸大学が「こういう大学だ」と認識されることは非常に重要ですが、それを実現するのはとても難しい課題です。
例えばデザイン科は就職率が非常に高く、日本の有名企業に卒業生が多くいます。これはデザイン業界では広く知られていることです。また、工芸科は伝統工芸の街に位置しており、注目を集めています。市や県もその振興に力を入れており、工芸科の重要性も高まっていると考えます。他に美術科や芸術学の専攻も、今後はそれぞれ特化した分野を築く必要があります。新しいことを始めるのではなく、既存の要素の中で他の大学より優れている点を見つけて、それを強化していくイメージです。
美術科、デザイン科、工芸科それぞれが特化した分野や教育を持つことで、大学全体のイメージがより強くなると思います。そのためにもまずそれぞれの専攻の充実を進めていくことが大切だと考えています。
少子化が進んでいる中でも、本学の倍率は何とか保たれております。しかし、私は単に倍率を気にするのをやめて、真に芸術を追求したいと思う学生が来てくれる大学をつくることが重要だと思います。本学の各専攻の特色が明確になれば、自然とそうした学生が集まり、それが結果的に本学の発展につながると考えています。美術科では映像を本格的に学ぶことができるようになりました。これは、本学出身の映画監督が社会で活躍している背景がありますが、学生たちが特化して学べる環境ができたことはとても良いことだと思います。併せて他大学や世界にある美術系大学の先生方に意見をいただきながら、新しい視点を得る教育が受けられるようになればとも思います。そのためにもまずは専攻の特化や特色を見つける取り組みを始めることが大切だと考えています。
同窓生へのメッセージです。最近の若い人たちは、同窓会のような集まりに馴染みづらくなっていると感じます。個人の生活が重視され、みんなで何かをするというマインドが薄れているのかもしれません。しかし、金沢美大の伝統として、いざという時のまとまる力や先輩・後輩の関係性はとても大切だと思っています。若い人たちに、無理強いせずに、自ら歩み寄ってこれる同窓会を期待しています。「面白そうだ」と思えるような同窓会を作っていただけると、とても嬉しいです。
最初の話に戻りますが、実際に体験しないと分からないことがたくさんあると思います。そのため、本学の同窓会が全国に支部を持っているのは重要です。地域にいる卒業したての同窓生が参加しやすい活動を、これまで地道に行ってきたと思いますが、引き続きその活動を続けていただき、同窓会の輪がさらに広がるとありがたいです。

稲垣

同窓会と学生の距離がもうすこし近くなるといいですよね。今まで同窓会は大学を支援するという思いで活動してたんですけど学生との接点となると、けやき賞もなくなってしまい、ちょっと同窓生と学生の距離が遠くなっている気がします。社会に出ると初対面で年代や専攻が違っても、金沢美大出身ですというだけで距離がぐっと近くなるので(笑)、それぐらいのシンパシーがあるので、その距離感を同窓生同士が実感できるそんな関係性が築けたらと思います。

山村学長

卒業生たちが活躍している日本のさまざまな場所で、出身大学が金沢美大だという話が出ると、本人や周りの人々との距離がとても近くなることがあります。だから、本学の同窓生には是非いろんな場面で「金沢美大」という名前を持ち出していただけるととても嬉しいです。

高畠

本日は、長時間にわたりありがとうございました。

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今回のインタビューは、新キャンパスの学長室でご対応いただきました。柔和な笑顔を交えながら、質問の一つ一つに丁寧にお答えいただきました。

(文・写真:稲垣揚平)

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